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そよそよと優しい春の風だけが私達の間を通り抜ける。
どこからか流れて来た桜の花びらが、ふわりふわりと新藤さんの肩に舞い落ちていった。
その光景に見惚れてしまう。
爽然とした彼の横顔に淡い桜の花びらはよく似合った。
「……」
この人にこんなにも桜が似合うものだとは知らなかった。
「ごめんね」
新藤さんが唐突に呟いた。
「はっ、はい?」
そこでぼんやりからはっとした私は、謝罪の意味がよく分からず隣の新藤さんを見上げる。
「さっきの花見で。真希だけ先に帰しちゃってさ。その後、堤に言われたんだよ。『ここはもう良いですから、真希ちゃんと一緒に帰ってあげてください。寂しそうでしたよ』って」
「そうだったんですか…」
「構ってあげられなかったせいで、拗ねさせちゃったみたいだし?」
からかうみたいな笑顔で新藤さんが私を見た。
…さっきの独り言はバッチリ新藤さんに聞かれていたみたいだ。
なら…その代償を支払ってもらおうかな…
私は隣から更に新藤さんに近づくと、彼の細くて長い指に自分の指を絡めた。
自分からこんな事をしたのは初めて。
心臓の音がドンドン大きくなる。
新藤さんが一瞬こっちを驚いたように見たが、すぐに強く握り返してくれた。
良かった、今が夜で少し酔ってて。
素面で明るい昼だったら絶対こんなこと出来ない。
「真希が自分から俺の手を握るのは初めてだねえ」
「さ、桜が綺麗なので何となくです」
「それじゃあ桜に感謝しないと」
恥ずかしさからつっけんどんに答えてしまう私に、新藤さんは笑った。
「……新藤さんの手って暖かいですね」
「真希の手、少し冷たくない?寒い?」
「私、お酒飲むと冷える体質なんですよ」
取り留めの無いことを喋っているとやがて私のアパートが見えてきた。
「新藤さん、送っていただいてありがとうございました」
名残惜しかったけれど、ゆっくりと自分の手を外す。
新藤さんの温かさがまだ私の指先に残っていて心地よい。
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