第1話 桜が咲いた

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ヒッと音無さんがわずかに怯えたのがわかった。 うん。 俺でも怖いと思う…。 真っ黒なスーツにハット。 オールバックが隠れているのが、強面をより強調させていて完全にヤクザの出で立ちだ。 「社長……」 「お前は下がってろ」 言ったと同時に俺を後ろへと引っ張り、木崎社長はドアを勢い良く開いた。 「キャアッ!?な、何よ貴方!警察呼ぶわよッ!!」 「すんません。けど、こっちも仕事なんでね」 「し、仕事って、貴方たち、ヤクザでしょ!やっぱり詐欺か何かだったのね!!」 「違っ……」 反論しようとしたら、後ろ手に制された。 黙っていろ、という事なのだろう。 いまだに叫び続けている音無さん。 どうするのだろうと、その背中を窺っていると、 ……え。 土下座した……? しかも、地面に頭をつけて。 「何、を……」 「この、度は、うちのモン…従業員がこちらの爺さん……御主人に対して、無礼を働いた事を、深くお詫び申し上げます」 だいの大人の突然の土下座と、たどたどしい敬語に、俺と音無さんは唖然としていた。 「お……私が責任者の木崎綾女だ、です。こんな出で立ちなモンで荒い言葉づかいで申し訳ないっす。だが」 社長は再び立ち上がると、箱からオルゴールを取り出した。 「これは、返させてもらいます」 「し、しつこいわね!いらないっ、て……」 音無さんが言い終わる前に、社長がオルゴールの蓋を開けた。 「……」 中から聞こえてくる、小さな弾く音。 何の歌かはわからないが、童謡のようだ。 「これ……」 「…こいつ、五年経った今でも鳴るんすよ。まるで、まだ聞かせなきゃいけない奴がいるんだって言ってるみたいに」 「……」 「草児さんも、聞きたがってるんじゃねぇっすかね」 「……っ」 社長からオルゴールを受け取り、音無さんはポロポロと泣き出した。 夕焼けにあたるオルゴールは、涙とともにキラキラと輝いていた。
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