第1話 桜が咲いた

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音無草児さんと木崎社長は、何度か面識があった。 目がほとんど見えない草児さんはいつも家の縁側に座って、あのオルゴールを聞いていた。 社長が家の前を通る度にその音(ね)が聴こえて、気がついたら二人で言葉を交わしていたらしい。 「……変わった爺さんでな。俺がこんな喋りでも呑気に笑ってやがる。まあ、格好が見えてねぇからだったとは思うが」 「…俺も一度話してみたかったな」 五年前、この道であのオルゴールを聞いた事があっただろうか。 ……あったとしても、興味を持たなかっただろうな。 「それにしても、凄いですよね」 「あ?何がだ」 「オルゴールですよ。五年間ずっと鳴ってただなんて。普通だったらとっくに壊れてもおかしくないのに」 「壊れてたに決まってんだろ」 「……えっ」 あっけらかんと言い放った社長の言葉に、思わず歩みを止めた。 「壊れてたんですか…?」 「当たり前ェだ。あんな年期の入ったモン、そう長く持つかよ」 「じゃあ、何でさっき…」 「……ツテに修理出来る奴がいんだよ」 直したんだ、わざわざ。 草児さんの為に。 「忘れモンに手ェつけるのは良くねぇが、あのオルゴールはちゃんと手入れされていたからな」 「…そうだったんですか」 おら行くぞ、と歩き出すその不器用な男は、俺が思っていたような人ではなかった。 相変わらず強面で、口が悪いけど、誰よりも思いやりのある人で。 ずっとずっと、あたたかい人だ。 「んじゃ、あの自転車持って帰って直して来いよ」 「はい!お疲れ様です!!」 バタン、ブロロロロ…… ……ん? 走り去る軽トラ。 事務所まで、俺だけ徒歩? 「ひ、人でなしーーーッ!!!」 やっぱり鬼だ!!あの社長!!! 「……あれ。でも“直して来い”って」 クビじゃないって事、か? 「…わかりづらい人だなぁ」 本当、社長に向いてないよ。 …けど、もう少しだけあの人の元で働いてみても良いかもしれない。 この仕事の、大切さをもっと知る為に。 to be continued ...
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