3人が本棚に入れています
本棚に追加
音無草児さんと木崎社長は、何度か面識があった。
目がほとんど見えない草児さんはいつも家の縁側に座って、あのオルゴールを聞いていた。
社長が家の前を通る度にその音(ね)が聴こえて、気がついたら二人で言葉を交わしていたらしい。
「……変わった爺さんでな。俺がこんな喋りでも呑気に笑ってやがる。まあ、格好が見えてねぇからだったとは思うが」
「…俺も一度話してみたかったな」
五年前、この道であのオルゴールを聞いた事があっただろうか。
……あったとしても、興味を持たなかっただろうな。
「それにしても、凄いですよね」
「あ?何がだ」
「オルゴールですよ。五年間ずっと鳴ってただなんて。普通だったらとっくに壊れてもおかしくないのに」
「壊れてたに決まってんだろ」
「……えっ」
あっけらかんと言い放った社長の言葉に、思わず歩みを止めた。
「壊れてたんですか…?」
「当たり前ェだ。あんな年期の入ったモン、そう長く持つかよ」
「じゃあ、何でさっき…」
「……ツテに修理出来る奴がいんだよ」
直したんだ、わざわざ。
草児さんの為に。
「忘れモンに手ェつけるのは良くねぇが、あのオルゴールはちゃんと手入れされていたからな」
「…そうだったんですか」
おら行くぞ、と歩き出すその不器用な男は、俺が思っていたような人ではなかった。
相変わらず強面で、口が悪いけど、誰よりも思いやりのある人で。
ずっとずっと、あたたかい人だ。
「んじゃ、あの自転車持って帰って直して来いよ」
「はい!お疲れ様です!!」
バタン、ブロロロロ……
……ん?
走り去る軽トラ。
事務所まで、俺だけ徒歩?
「ひ、人でなしーーーッ!!!」
やっぱり鬼だ!!あの社長!!!
「……あれ。でも“直して来い”って」
クビじゃないって事、か?
「…わかりづらい人だなぁ」
本当、社長に向いてないよ。
…けど、もう少しだけあの人の元で働いてみても良いかもしれない。
この仕事の、大切さをもっと知る為に。
to be continued ...
最初のコメントを投稿しよう!