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おい、と呼ぶ声が聞こえて、我に返った。
「……社長」
「いつまで突っ立ってんだ。住宅侵入で訴えられんぞ」
「…あ、でもこれ」
「今日はもう無理だろ。出直す」
木崎社長は俺の手から箱を奪うと、さっさと軽トラに戻ってしまう。
……。
一度振り返ってドアを見つめる。
女性の泣き叫ぶ声が、まだ耳に残っていた。
助手席に乗った俺は、俯いた顔を上げられずにいた。
社長はずっと黙ったまま運転している。
信号で停まった時、漸く社長は言葉を発した。
「お前、もうこの仕事辞めろ」
「……クビですか」
「ああ」
「……」
「他の奴がいねぇから使っていたが、手前ェの仕事を迷惑だなんて思ってる奴に、この仕事はさせられんねぇんだよ」
「……あれは」
「失言とでも弁解するか?本音だろうが」
堪らず、膝の上の拳を握った。
何も言い返せない。
「“配達”はただ荷物を届けてテンプレートなセリフ言ってサインを貰う仕事じゃねぇ。特にTLB(ウチ)はな」
…お前ならわかると思ったんだがな、と社長は小さく言った。
「…俺、何で他人が忘れた物を届けなきゃなんないんだってずっと思ってました」
「だろうな」
「たかがライター、たかがハンカチ一枚の忘れ物なんて、忘れた本人が悪いし、いらないから置いていった可能性だってあるのに」
社長の視線がこっちに向けられた気がしたけど、俺は続けた。
「……でも、あのオルゴールは、ずっと探している人がいた」
「……」
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