第1章

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甘んまあぁぁいーーー・・・。 口に含んだ瞬間から鼻腔へと抜ける、甘く、芳醇な香り。 そして舌を中心として口内を埋め尽くす甘美な世界に、俺は一瞬にして酔いしれた。 繊細な外殻は舌の上で容易く融解し、トロリとした濃厚な食感へと変化する。 「絹のような」。 まさにそう表現するしかない滑らかな舌触りと共に、深く、上質な味わいが至福の旋律を奏でる。 もっと味わっていたい。 叶うなら、このまま永遠に堪能していたい。 そう願えば願うほど、無情なまでに形を失っていく異界の欠片。 やがて淡雪のように消え去り、全ては夢だったのではないかと疑うばかりの儚い時間が訪れる。 だが目を閉じれば、口の中に残る甘やかな余韻が確かに感じられ、俺は 「はふん・・」 という自分でも恥ずかしくなるほど陶然としたため息を吐いた。 《こんびに》で半ば泣き落としのようにして手に入れたチョコレイは全部で12粒。 依頼の品に手を付けるなんて真似は冒険家仁義に反するが、どんな味がするのか興味をそそられた時点で運の尽きだった。 俺が持ち帰ったチョコレイはいつの間にやら、残り1粒という超危険水域にまでその数を減じている。 異界から持ち帰った証拠に、見慣れぬ文字と絵柄が刻まれた箱ごと献上すべきであろうが、中身が半分どころか9割以上消え失せている時点で追及は免れ得ない。 良くて縛り首。 悪くても縛り首。 見事なまでの自業自得とはいえ、これがガラハド王の元へ胸を張って参上できないもう一つの理由だった。 「・・いっそこのまま逃げちまおうかなぁ」 閉塞した状況に、ふとそんな埒もない考えが頭をよぎる。 だが、その時俺は気づいていなかったのだ。 堅物を絵に描いたような王様の、見た目とは相反する抜け目のなさに。 そしてこの時既に《逃げる》などいう退路は存在せず・・ 王の御前に伺候する以外、選択肢は残されていなかったという事に。
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