サクラ

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「バッカみてぇ……」  奮い立たせるようにわざと口にした嘲笑は、却って自分自身の神経を尖らせた。  生物室と書かれた横書きの楷書体が目に入る。  ここまで来て、はたと気づいた。 「あ、鍵……」  授業をしていない特別教室は、通常施錠されている。この時間に担当教師がいるとも思えない。  俺は一階の職員室へと戻る面倒を考え、肩を落とした。 「開いて……るわけねぇよな……マジか!?」  ダメもとで引いたドアは、抵抗することなくスライドした。驚きに思わずガッツポーズをすると、暗闇に閉ざされた室内がそこに見えた。  鍵をかけ忘れていたのだろうか?  ただ、普段、昼間にしか来ないこの教室の、電気を灯すためのスイッチがどこにあるかがわからない。俺は、壁伝いに暗闇を進むと、目的地の準備室へ繋がるドアへと手を伸ばした。  授業に必要のないとき、コウちゃんはいつも準備室にいる。  俺はごくりと唾を飲み、気合を入れるかのごとく、首を振った。  カチャ――。  あたりはしんと静まり返り、あれだけ威勢のよかった野球部の掛け声もここには届かない。俺は内開きのドアを中に入り、左右の壁を両手で探った。目的のノートを探すにはさすがに明かりが必要だ。  ぶつからないよう慎重に動いていたにも関わらず、肩に何かが接触した。  カタンと小さく何かが揺れ動く音。俺は焦り、咄嗟にそれを両手で支えた。冷たく、固く、それでいて軽い感触。背筋を、気味の悪い虫が這い上がっていくような錯覚が俺を襲った。 「ぅあぁああああ!」  目前で窪んだ眼窩が俺を見上げていた。心臓に氷でも当てられたかのように、一気に全身が冷えていく。掴んだ手を離すわけにもいかず、俺はその骨格だけの住人とまるでダンスでも始めるかのような姿勢を保っていた。 「誰かいるのか?」  落ち着いた声とともに室内に明かりが差し込む。今しがた通過してきた生物室の電気が付けられたのだ。続いて控えめな足音が近づいてきた。  聞き覚えのある声に、俺はホッと胸をなで下ろした。 「おや、逢引中だったのか?」  準備室のドアにもたれかかるように、生物教師の高山がこちらを見ていた。古風な表現がどこか様になるような風体の高山は、冗談なのか本気なのか判断がつかない無表情で、俺は思わず返答に詰まった。
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