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「分かってるってば! もう、帰ってよ!」
夕方の時間帯。
今まで彼女以外、誰とも会ったことが無かったのだが、珍しく誰かがいるようだ。
声を荒げた彼女の様子に、ただ事ならぬ雰囲気を感じ、中に入るのを躊躇する。
「……それじゃぁ、明日も来るわね」
小さな溜息と共に吐き出される声は、雅の声とよく似ていた。
扉に向かって来る気配を感じ、ここから立ち去ろうかとも思ったけれど、この部屋は廊下の一番奥。
背を向けて立ち去る姿を見れば、誰だって、この病室に用があって来た人間だと察してしまうだろう。
ここはとりあえず、今来たばかりだという体(てい)で先に扉を開けた方がいいのかもしれない。
僕はいつものように、「こんにちは」と言って病室へと足を踏み入れた。
「あら? 雅のお友達?」
突然、見知らぬ男子学生が娘の病室に入って来たのだから、驚くのも無理はない。
目の前で大きく目を見開いている女性は、年こそ自分の母親と同じか、それよりも少し若いくらいではあるものの、声だけでなく、色白で大きな目なんかも、雅そっくりなところからも、彼女の母親で間違いはないだろう。
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