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「さぁさぁ。雅のところに行ってあげて」
微笑みながら僕の背中を押す彼女の母親は「二人の邪魔をしたら、馬に蹴られちゃうしね」と小さく舌を出して、病室を出て行った。
ベッドに近付くと、上半身を起こしている彼女の膝の上に一冊の本が置いてあるのが目に入った。
「それ……桜?」
指をさすと、ビクリと肩を震わせた彼女は「あ、あぁ。うん。桜の写真集なんだ」と、本を両手で持って僕に見せてくれる。
受け取ると、それは日本ではなく、ワシントンの桜。
日本国内で見る桜よりも色が濃く感じられるが、空の色だって住む地域によって違うのだから、桜の色でさえも太陽の光の強さによって変わるのだろう。
淡く儚い日本の桜とは違えど、それでも「花」の美しさは変わらない。
咲き乱れる桜並木に、風に舞う花弁。
人々を虜にする、その魅力は万国共通だ。
僕は写真集のページをめくりながら、いつの間にか雅が静かになっていることに気が付いた。
いつもなら、こちらが本やスマホの中の画像を見ていても、横からちゃちゃを入れたり、何かしら話しかけてくる筈なのに、今日は何も言わず、黙っていることを不思議に思って僕は写真集から顔を上げた。
「えっ……」
思わず僕は息を呑んだ。
真っ白な肌に夕日の赤い光が差した彼女の横顔は、あまりにも美しく、それでいて、悲しげであり、まっすぐ窓の外へと視線を向ける瞳には、どこか淋しげな色が浮かんでおり、話しかけることを躊躇させるほどであった。
『彼女の何がそうさせるのか?』
もしかしたら、先程、部屋の前で聞いてしまった、彼女の母親と彼女とのやり取りが原因なのかもしれない。
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