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彼は寒さで鼻と頬も赤くして、片手で拾い上げた毛糸のそれを持ち、もう片手であたしを指差していた。
「あんた、ふわわを持ってた人。寒いから、取り合えず行こうぜ」
そう言うと歩き出す。
彼の靴が冷えた土を踏んでざくざくと音を立てた。
あたしは目を丸くして彼の背中を見詰める。
ふわわの人?・・・って、あたしのことですか?行くってどこへ?あなたと一緒に?
ごちゃごちゃと頭の中で疑問符が踊る。
冷えた体はそうすぐには言う事を聞かない。
でも少し先に進んで振り返った彼が、こっちをじっと見ているから、仕方なく懸命に足を動かしてみた。
ゆっくりと、進む。
「・・・あんた、怪我してるの」
「今朝転んだんです」
ふーん、と言いながら大げさに保護されたあたしの右ひざを見ていたけど、びっこを引くあたしのペースに合わせて歩き出した。
・・・どこに行くんですか。
心の中でそう思ったけど、口に出しては聞けなかった。
突然想い人が出てきてくれて呆然としていたわけではない。
ただ体が冷え切っていて、現実をよく判ってなかったのだ。正直に言うと感覚が麻痺していて、どうでも良かった。
そのままゆっくりとあたしに合わせて歩き、彼があそこと言ってドアを開けたのは高校から一番近いファミリーレストランだった。
「二人」
係りのお姉さんにピースをしてみせ、案内される。
温かい店内に入った途端、自分がどれだけ冷えていたかが判って驚いた。凍えて固まっていた体の隅々が呼吸をし始めたみたいだった。
4人掛けのテーブルに二人で座り、彼は無言のまま鞄から出したタオルで濡れた頭やコートの肩を拭く。
雪が解けてびしょ濡れなんだ、とあたしも気付き、彼にならってタオルを出して拭き出した。
暖房が緩やかに店内を回る。その温かさに、あたしはほ~っと息を吐き出した。
・・・ああ、温かい・・・。
「何する?」
顔を上げるとメニューを指差して彼がこちらを見ている。・・・そうか、注文しなきゃだよね・・・。
あたしはまだかじかんでいる指でメニューをめくる。お腹、空いた。壁の時計はもう午後の1時を指している。
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