犬と鼠と、その他すべて

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{kudryavka> message = ...} ―――― さて、まずは釈明(account)からだ。 僕という個人(account)の説明(account)から、『はじめからやり直し(starting over)』ってことだ。生まれながらにして「口座(account)」を持たない僕が、唯一持ち得た資格(account)。それがこれらだ。 ここまで来るともはや言葉遊びだが、どうかそれを許してほしい。「言葉(ワード)」を失った社会に素食う寄生虫(ワーム)。圧縮され信号化された「意識(var=[will])」を、体内に埋め込まれた回線から傍受(インターセプト)する。言葉(ワード)にするのは簡単だが、毎度のように腕の肉をナイフで裂き、広域用生体回線に携帯型意識翻訳器(P.C.T.)の探針(プローフ)を突き刺すのは、肉体の中に走る僕の神経組織――つまり僕の脊髄から延髄へ、そして前頭葉に至るまで――にとって、甚だ苦行な訳で、まさしく魂(≠[self]?)を引っ掻き回すような苦痛を、僕に認知させる。認知させるだけで、痛みそのものは"肌に感じる"訳ではないけど。 あ、痛いな。 痛い? 末梢神経が焼き切れんばかりに熱を発しているのを、僕はぼんやりと知覚して、めんどうなので窓際に置いてあった水槽の中に携帯型意識翻訳器(P.C.T.)の探針(プローフ)ごと突っ込んだ。腐敗した藻の匂いが、僕の肉へ侵入していくような、感覚。外部との温度差に、筋肉まで僕の意識(var=[will])を無視して悲鳴を上げる。 緑色の絵の具で塗り固めたような水槽にしばらく手を漬け込んでいると、首の後ろにチクリ、と痛みが走った。僕は顔をしかめて手を伸ばす。 首に刺さったケーブル。 意識(var=[will])を――僕を社会(ここ)につなぎ止める鎖。 「口座(account)」を持たない僕みたいな奴は、電子化された接続口(GATE)を設けることが認可されないので、当然接続(コネクティング)はきわめて外科的なものになる。とは言え、めったやたらに複数の「口座(account)」を作られると、共同体(:com-un!ty)が数え間違いを起こす危険性があるのだから仕方ない。 ケーブルの反対側の端子を、テーブルの上でホコリを被っているラジオへ無造作に接続。ガリガリというノイズの後に、情緒エミュレータの分析によって最適に標準化(ノーマライズ)された、穏やかな女性の声が、古ぼけたスピーカーを震わせた。
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