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「おはようございます。今日の全共同体(:com-un!ty)の基調色相は淡いオレンジ。先月の思考通貨(シンクファンド)の規制緩和による影響で、ところどころで軽度の思考振動(オーソレイション)が発生すると予想されます。中央意識管轄情報センターによると、本日の思考振動偏差(TOD)は第1~16分節(ガングリオン)は52.21、第17~32分節(ガングリオン)は49.74、その他の区画もほぼ平均値を保っています」
ようやく痛みが引いてきたので、ま緑の水槽から腕を引っこ抜く。生臭い臭いが鼻を衝いた。吐きそうになるのを耐えながら、首からケーブルを引っこ抜く。気管支ごとぐらりと揺れた。中古ラジオはノイズ混じりの断末魔を流して沈黙。
共同体(:com-un!ty)からの遊離。言葉(ワード)を失ったシャイな骸どもと、僕しかいない空白(ヌル)。
「気持ち悪ぅ……」
溶けてヘドロみたいな藻の臭いも。
血肉の匂わないこの世界も。
知覚してやる気なんてさらさらないから、蛇口を捻って洗い流す。
ついでに顔も洗ってから部屋に戻ると、散らかしたデスクの上で埃を被った小型の端末(ターミナル)が、ひそやかな光を放っていた。唯意識(var=[will])社会のこのご時世では、こんな旧世代型のインターフェイスは化石みたいなものだし、それを使い続けている僕は歩く化石(ウォーキングダイナソー)ってところだろうか。
社会的終点(ターミナル)所属の端末(ターミナル)。自虐的な言葉(ワード)を脳内でしばらく弄んでから、それを手に取る。
『from_Algernon
:Sub_10:00までに来てネ』
タイトルまで見て、さっさと削除(デリート)。騒がしい副現実(オルタナ)でいっぱいのディスプレイなんて、見てて吐き気がする。装飾過多もいいところだ。
まあそういう僕は、虚飾(ディスプレイ)がユニクロのパーカーを着て歩いてる訳だが。これでは釈明(account)にもならないな。
そんな自嘲の笑みを垂れ流しながら、つま先を靴に突っ込み、ドアを蹴る。開いた先から朝の寒い空気が肺へ侵入してきて、僕はむせ返った。
――――
そびえ立つのっぺり顔の高層ビルたち。その間をすき間なく敷き詰められた電圧変化式のポリマー舗装が、クルクルと色を塗りたくり続ける。状況に合わせ色調を最適化しているらしいが、僕が近づくとなぜか毒々しい色合いになっているような気がしてイヤになる。もっとも、今時"外を生身の人間が歩く"こと自体が珍しいことではあるのだが。
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