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ハルは豆鉄砲を食らった鳩のようだった。
世の中には、日サロで黒く焼いた少女が溢れていると言うのに、色白で黒髪。スカートは短くしているが、下品なレベルではなく流行りのルーズソックスを履いている。制服はセーラー服。ハルでも知っている都内でも有名な、お嬢様学校だ。
化粧をしていないのに、さくらんぼのような赤い唇が可愛らしく、人形のような二重瞼にどんぐりのような目。確かにこんな子が幼稚園の先生ならば、ハルだったら毎日、通うのが楽しくて仕方ない。
「……さっきの話、本気?」
名前を尋ねると、少女は生天目 美咲(ナマタメ ミサキ)とフルネームで名乗った。間違いなく本名だろう。偽名を使うほど、遊び慣れている雰囲気はなかった。頷く美咲が初めて入るとはしゃいでいたハンバーガーショップのロゴがデザインされたカップを手にとり、ハルはコーラを飲み込む。
「これが、ハンバーガーですね」
会計の時、ハルは驚いた。ブランド物の財布にハルよりも金が入っていた。が、何かの先行投資だと思って見栄を張って奢った。大した額ではないが、痛い出費だった。
包みを取り、目を輝かせてハンバーガーに小さな口が噛り付く。中のケチャップが目の前で白いスカーフに落ち、ハルは慌てて紙ナプキンを手にした。
「わぁ……このトマトソース美味しい」
「それ、ケチャップ」
「ケチャップ? うちのお手伝いさんが作ってくれるのはもっとトマトっぽいんだけどな……初めて食べました」
ハルはむしろ、手作りのケチャップを食べたことがない。美咲はハンバーガーを置き、笑いながらスカーフを外した。
「お金はお支払いするので、お願いします」
「は?」
「婚約者と初めてするくらいなら、あなたの方がいい。そのお洋服も素敵だし」
お洋服と指差されたのは、龍が刺繍されたくたくたのスカジャン。ナプキンで口を拭き、鞄からさっきの財布を取り出した美咲は、一万円札を二枚、三枚とテーブルに置いた。
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