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正月も過ぎた頃、ハルが最近よく置いて行く携帯電話を眺めていたムラサキは、思いあぐねていた。
ーー生天目 美咲。
今回の株主総会で目玉となる企業の社長の孫娘だった。東南アジアへの融資が焦付き、今期の収支は赤字に転落。そんなところにこのネタを頭に売れば、ムラサキの組は多額の謝礼金を見込める。ただし、ハルとの縁もそれまでだ。
大企業の後継が極道と付き合っているというネタは、マスコミに売ってもスキャンダラスで垂涎のネタだろう。
「さて、どうするか」
残念ながらハルは気付いていない。恋は盲目とはよく言ったものでハルは美咲の苗字を忘れているのだろう。打ち合わせで、名前が出ても平然としていた。
目の前で携帯が鳴る。ムラサキは唾を飲み、公衆電話からの着信に期待をして、通話ボタンを押した。
『ハルさん、ごめん。ずっと連絡できなくて……あの、あのね。赤ちゃん、できたの。体調がずっと悪くて連絡できなくて、学校も休んでて、あの……』
「もしもし」
『……ハルさん?』
「紫田と申します。あなたのことは、よく春樹から伺っていました。妊娠ですか?そんな素晴らしいことなら、私で良ければ力添えをさせてください。春樹は、あなたの事を淫売だと良く言ってましたが、私はそうは思えません。一度会ってお話しさせていただけませんか?」
純愛を壊すには、土壌が十分だった。動揺する美咲と待ち合わせの場所を決め、ハルの携帯を壊してゴミに捨てた。
良いことを思いついたムラサキはそのまま、組が良く使う闇医者に向かった。
「中絶手術はできますか?」
「できるけど、子供産めない体になっちまった女たくさん見てるよ」
「本当にヤブですね」
「はは、よく言われるよ」
軽い男だった。ハルへの口止め料を払って中絶手術をしてしまう。そんなことも簡単そうだった。
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