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「……嘘」
半狂乱になった美咲はお腹を抱え、大声で泣き出した。
「おや、起きたか」
「赤ちゃん、赤ちゃん。返して……ハルさんの赤ちゃんなの!」
「ハルって、春樹のことか?」
ボタンの取れた白衣を着る無精髭を生やした男と、美咲の言っている人物が同じなのか定かではない。美咲は頷くことができず、ただ歯をガタガタと鳴らして震えていた。
「……安心しなって、まだ子供は堕ろしちゃいない。紫田は、組から呼び出しがあって行っちまったよ。あいつには寝てる間に済ますって言ってあるから平気だ。で、お嬢さん、どうするつもりだ」
「産みたいんです。ハルさんとどこか遠くでも行って」
「夢見るのはやめな。ハルは今、大事な時だ。極道が簡単に足を洗えないことくらいわかってるだろう」
「極道……」
「いつムショに入るかも分からない男だ。一人で育てる覚悟がないなら、堕ろせ。ままごとじゃない」
石油ストーブの上にかけられたヤカンがシュンシュンと音を立ていた。まだ、寒い季節。一人で決断するには美咲は幼すぎ、相談するにもハルの住まいも仕事先も知らず、あれから何度も連絡した携帯には出ることがなかった。
「……どう決めるにしても、うちで手術はしない方がいい。アバズレならどうだっていいが、お嬢さんのような子供ではな。さすがに医者の端くれとして良心が痛む」
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