~桜の咲く頃に~

14/15
前へ
/15ページ
次へ
 株主総会を目前に控えた四月。大きな出来事が起こった。  散々、総会で騒がない代わりの謝礼交渉をしていたにも関わらず、生天目会長は若き成瀬新社長に全てを委ね、今回の損失の責任を取って会長職を辞する発表をした。会社の乗っ取りだろう。成瀬は会社の株式を多数取得し、乳臭い美咲との婚約は何の意味もなくなった。  頭からの煽りをうけ大きなヤマに望もうとしていたハルは、聞き覚えのある苗字に青くなった。美咲が心配で、手元にメモとして電話番号を残さないまま紛失した携帯電話を悔やんだが、なんとか調べた美咲の自宅の番号は、何度かけても誰も出る事がなかった。  ふらっと美咲の学校へ出向いたハルは、校庭に咲く桜を見ながらグルッと一周した。事務室に行けば、他の連絡先を教えてもらえるだろうか。そんな事を考えていた。 「ハルさん?」  何周目かのとき、追い越して行った車が止まり、降りてきた少女に声をかけられた。顔色の悪い美咲は、どこか大人びて見え、影が薄く前よりもひどくやつれていた。 「こんな偶然ってあるのね……。あの日も偶然だったものね」 「美咲」 「ハルさんの言う通り、お腹の子は堕したの。いろいろあってしばらく別荘で暮らすから、今、退学してきたところ。私の最後の制服……ハルさんに見てもらえて良かった」 「最後の制服? 赤ん坊って……」 「ごめんね、ハルさん」  美咲は車に戻って、財布を取ってきた。そこから、あの日のように一万円札を5枚取り出しハルのジャケットに突っ込んだ。思えば、金を受け取ったのはこれが初めてだった。 「今まで、ありがとう。ごきげんよう」 「ちょっと、待て。美咲」  その手を掴もうとしたが、スルリと手をすり抜けて行きお腹をかばうようにして美咲は車に乗り込む寸前、足を止めハルを振り返った。  満面の笑顔で、美咲は声を出さずに唇を動かす。  強く吹いた風に桜の花びらが舞い、その唇が何を言ったか見えなかった。 「赤ん坊って、俺の子……勝手に殺すなよ。何で言ってくれなかったんだよ、美咲!」  散った桜の花びらを巻き上げ、去って行く車にハルは呆然と立ち尽くしていた。 ーーハルさん、大好きだよ。だから、がんばって。  それ以降、ハルは美咲に会うことはなかった。  極道であるハルは追いかける勇気もなく、美咲と自分の子をこの手で抱きしめてやりたかったと後悔だけが残った。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加