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すると、彼は首をクイッとしゃくり上げ、
「そのまんまの意味だよ。
アイツ、チョコを食べる時に『不味い』って言いながら食べてんだ。そんなに不味けりゃあ食わなきゃいい話だってのに、何でチョコを食べる手を止めないかねぇ…」
如何にも不思議そうな表情でそう言いながら、朱兎がチョコを食べる様子を見ている。
この距離でよく聞き取れるわね…
私と彼は朱兎と同じくらい離れた席にいるのに、私には聞き取れないことを彼は聞き取れた。彼の耳の良さに驚きつつも感心したけど、
でも、『不味い』か…うん、そうだよね…今はどんなチョコを食べてもそう言うしかないわよね……
不味いと理解していながらも、ただひたすらチョコを食べ続ける朱兎を見ていると、彼への感心より朱兎への同情する心を強く感じるようになっていた。
どんな理由かは分からないけど、バレンタインに贈られた山のように積まれたチョコを、朱兎は食べようと思ったのは確かね。毎年そうしていたって聞いていたし、年末に私と彼が話していたことを朱兎も聞いていたから、捨てるって選択肢はなかったのかもしれない。
けど、今の彼にとって、どんなバレンタインチョコも不味いモノでしかない。
たった一人の、たった一つのチョコが足りないことが、彼の舌を鈍らせ、狂わせ、錯覚させてしまう…美味いモノでも不味いと思ってしまうくらいに。
そんな状態にしてしまう程、彼が栗色の妖精に寄せて、寄せられていた想いは大きかった…
それを分かっていたつもりだった私は、今更ながらに分かっていなかったんだって思い知らされた。この二人が互いを想っていた心は、私が想像していたモノよりも重く、深い。
私は、彼らのような想いを持っていない。今は意中の男子に対して片想いの段階で止まっているから、それだけの想いを持てないのかもしれない。
だけど、重過ぎる、深過ぎる想いを持つと人間は狂ってしまう。今の朱兎は、間違いなくその一歩手前まで来ているはず…私はそう思っている。
誰かが、どうにかして止めないといけない。けど、それは私じゃできない。
その誰かが、いつか現れるように願いつつ、私は朱兎から目を離し、目の前の彼に視線を移した。
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