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花見にはニノミヤは来なかった。
久しぶりに会う真里は少し痩せていて笑顔もぎこちなく見えた。
ちゃんと食ってるかと聞けば、新婚生活に口を出す嫌な兄貴になりそうで、俺は気づかないふりをした。
桜は、前日までの冷たい雨のせいで少し散っていたけど、どうにか愛でるには充分だった。
足下に散らばるピンクの水玉模様を踏みながら、互いに子供の頃のことばかりを口にしていた。
花見につきものだった二段のお重の弁当は無くて、手元には途中で寄ったコンビニのコーヒーだけで、その液体が腹の中に収まってしまうと、手持ち無沙汰で居心地が悪く感じ、こんなんじゃ、あまり長居せずに家に送り届けようと考えていた時だった。
「あのさ」
「ん?」
「今度、旅行行こうって言われて」
「へぇ」
誰がそう言ったのかは言わなくてもわかった。
「珍しく奮発するって…張り切ってて」
「新婚旅行か。いいな。どこ行くんだ?」
「ベタだけど」
「熱海か?」
「いつの時代よ」
「ははっ。ごめんごめん…で?」
「……ハワイ…に」
ハワイ……。
「それで…役所に…」
まさか……。
「手続きに必要で…」
待ってくれ…。
「戸籍謄本を………」
嘘だろ…。
「真里っ……」
こんな形でなんて……。
「お兄ちゃんは知ってたんだよね」
「真里っ……それはっ…そのっ…」
「知りたいの、本当のこと…」
強い眼差しで俺を見つめる真里と、
「隠さず…全部…教えて?」
その表情が美しいと思いながら見つめる俺の間に、枝を揺らす風が吹き、花びらがひらひらと舞った。
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