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 ある雨の日、久しぶりに訪れた民家は、遠目にも判るほど様子が変わっていた。  家の内から明かりが漏れ、生垣が綺麗に刈り込まれている。そうして玄関には、短い暖簾が掛かっていた。  雨が止む気配はない。  桔平は、そろりと敷地に入る。そうして、今では定位置となっている庭先に腰を下ろした。  小さな庭にも人の手が入り、本来の形を取り戻した草木が、心地良さげに雨を享けている。苔生した石燈籠の隣に小さな池があったことに、桔平は初めて気づいた。  どれほど、そうしていただろう。  玄関の開く音がして、桔平は身を竦ませる。立ち上がろうとした身体は、思うように動かない。随分と体が冷え、筋肉が強張ってしまったらしい。 「──おい」  不意に声をかけられ、そちらを見やる。  玄関先では、暖簾を手にした男が、こちらを見ていた。 「大丈夫か? そこは寒いだろう。中で温まるといい」  人間の付き合いは、総じて煩わしい。  感情や思惑が絡み合い、醜い本音を綺麗な建前で塗り固めなければ、成り立たない。  煩わしいのは、嫌いだ。  桔平は立ち上がり、雨の中へと駆け出す。  おい、という声を背中に聞いた気もするが、桔平の知ったことではない。  それから、あの民家には寄り付かなくなった。落ち着ける場所を失ったのは惜しいが、仕方のないことだと諦めた。
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