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温かな光が零れる、いつもの玄関。
暖簾を下ろした引き戸を開け、桔平は一瞬、固まった。
テレビからは、陽気なCMソングが流れている。
「──降ってきたのか」
待っていろ、と言い置いて、健太郎は奥に消える。その低く柔らかな声に、返事も出来ない。
カウンターには、氷上が座っていた。
「こんばんは」
穏やかに挨拶され、狼狽える。口籠りながらも挨拶を返し、カウンターの隅に座った。濡れたジャケットを脱いで椅子の背に掛けたところで、健太郎が戻って来る。
「ほら。お前、相変わらず傘を持ち歩かないんだな」
呆れたような口調に、何時もなら笑って言葉を返しただろう。だが、差し出されたタオルを受け取り、ああ、と呟くのが精一杯だ。
健太郎が、僅かに眉を顰めたのが判る。その視線から逃げるように、借りたタオルで顔を拭き、そのまま被って髪を拭いた。
何かを問いたそうに、正面に立っている気配がする。健太郎に何を訊かれるのか、そうして桔平は何を言えばいいのか。まるで見当もつかない。
桔平には、顔を上げる勇気がない。
「健太郎さん」
その小さくても通る声に、思わず手が止まったが、健太郎には気付かれなかったようだ。
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