桜が散ったら

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病室の窓から見える見飽きた風景。 でももうすぐ見納め。 誰にどんな慰めを言われようと、自分の事は自分が一番わかっている。 使い古された言い回しだけれどこれが一番しっくりくる。 だって生まれてから今日まで誰よりも私と付き合ってきたのは、他でもない私自身だもの。 ついでに主治医の先生との付き合いも長い。 ポーカーフェイスの裏に隠された本当をわかってしまうくらいに。 「あの桜が全部散るまでは、生きていたいな」 なんとなく呟いた言葉に先生は目を見開いた。 「なに驚いてるんですか?」 先生だってわかってることなのに。 「驚くよ。なんで死ぬこと前提なの」 「だってそうだし」 ちょっと怒ったような先生の声に、うまい言葉も思い付かず目線を窓の外にやった。 満開を迎えた桜の花弁は僅かな風にもその薄桃色を散らしていく。 そして私の命もまた少しずつこぼれ落ちていく。 あの桜と同じ。 どんな手を使っても止める事は出来ない。 ふぅ…というため息が耳を掠める。 「まぁ遅かれ早かれ人はいずれ死ぬものだからね」 呆れさせてしまっただろうか、それとも失望させてしまったのだろうか。 助けてくれようとしている人間の前で助けられる側の人間が諦めるなんて。 「でもさ、桜の寿命って知ってる?」 「えっ」 「まぁ俺も詳しくは知らないけど、少なくともあの桜はまだまだ大丈夫でしょ」 「はぁ」 「だから来年も再来年も咲くよ」 先生の言っていることはわかるけれどわからない。 先生の大きな手が頭の上に乗せられた。 「全部散るまでなんて、先の長い話だな」 「あっ…」 言われた言葉がじんわりと染み込んで、同時に熱が顔に集まってくる。 「主治医として今年の花見外出は許可出来なかったけど、来年は一緒に見に行こうな」 「来年?」 「先約があったか?」 「じゃなくて、特定の患者にそこまで肩入れしていいんですか?」 「入院患者においそれと手を出すわけにはいかないからなぁ」 ぽんぽんと頭を叩いて立ち上がると、ちょうど入室してきた看護師と入れかわるように出ていった。 早く退院してくれよという言葉と意味深な笑みを残して。 その日の体温と心拍数は常の数値より高く、家族に連絡した方が良いだろうかと迷う看護師を誤魔化すのに神経を削る事になった。
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