〈過去〉19歳・初夏

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私を迎えに来ていた壱吾の元へ急ぐべく、更衣室を出た私を彼が呼び止める。 「北見ちゃん、今帰り?一緒に駅まで……」 「ごめんなさい。約束が」 チラチラと窓に目をやる私の視線を辿る和田さんは、裏口のドアにもたれかかるようにして待っている壱吾の姿を目に留める。 「……いつも北見ちゃんのこと迎えに来てるよね。あの人、彼氏?」 「そうですけど」 「……ふーん」と口にしながら、じぃーっと遠目から壱吾を眺めた和田さんは、 「………見たことあるな」 「つい二ヶ月前まで、ここで働いてましたから」 「あぁ、……どうりで」 壱吾に視線を向けたまま、小さな声でそう相槌をうつと顎をひと撫でする。 そして壱吾から私へ視線を移すと「じゃあ、早く行ったげなよ。またね」と手を上げ、更衣室へ歩いていった。 私は「お疲れさまです」と残して、壱吾に向かって駆けていく。 裏口を出た私が満面の笑顔で壱吾に抱きつき、指を絡めて歩く姿を和田さんが窓から見ていたことには、この時全く気付いていなかった。
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