〈過去〉19歳・初夏

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ゆっくりと扉を押し開けると、私に気付いた津坂さんが事務所の隅にある給湯室から「こっちだよ」と手招きをする。 近付けば、給湯室の狭いスペースにパイプ椅子がひとつ置かれていて、私は津坂さんに座るように促された。 「どうぞ」 「…………ありがとうございます」 温かいカフェオレの入ったマグカップを私に手渡すと、津坂さんは給湯室を出て、入口のドア近くの椅子に腰掛ける。 それを不思議そうに見つめる私に、 「あ、ほら、そこ狭いし。……その…近いのもダメかなって」 津坂さんに気遣わせてばかりなのが申し訳なくて、小さな声で「ごめんなさい……」と謝ると、津坂さんは「気にしないで」と言ってふっと笑う。 急かされるようにカフェオレを勧められ、私はマグカップにゆっくりと口づけると、カフェオレの甘さと温かさがじんわりと滲みて、少しだけ嫌なことを忘れられた気がした。 「…………ごめんね」 どうして津坂さんが謝るのかわからない私は、とても難しい表情をしたままの彼の言葉を待った。
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