〈過去〉19歳・初夏

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私のコートを手に取り、肩にかけて着るように促すと、自分もダウンを手に取り、羽織る。 「ほら行くぞ。家まで送る」 玄関に向かう壱吾の背中を追いかけながら、「いいよ。…一人で帰れる」と言えば、少し不満気な瞳が私を見下ろす。 「風邪気味の彼女を一人で帰らせるわけないだろ。…大体、香音はいつも一人で抱えて無理しすぎなんだよ」 急かされるように靴を履き、壱吾のアパートを出る。 一気に冷たい空気に晒され、両手を擦り合せた私の手を壱吾の手が優しく包んだ。 「そういうとこ、嫌いじゃないけど。…たまには甘えて、我儘くらい言ったってよくねぇ?」 「………私、これでもめいっぱい甘えて、我儘言ってるつもりなんだけど」 「全然足りない。…一人で帰るとか寂しいこと言うし。もうちょっと一緒にいたいと思ってんの、俺だけ?」 拗ねた声に私は無言で首を横に振る。 「………私だって、一緒にいたいよ」 紛れもない本音がポロっと零れ落ちる。 ………離れたくない。 壱吾のこの手を離したくない。 そう思ってるのは、決して嘘じゃないのに………。 どうして壱吾に包まれた手を、握り返すことができないの。
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