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私のコートを手に取り、肩にかけて着るように促すと、自分もダウンを手に取り、羽織る。
「ほら行くぞ。家まで送る」
玄関に向かう壱吾の背中を追いかけながら、「いいよ。…一人で帰れる」と言えば、少し不満気な瞳が私を見下ろす。
「風邪気味の彼女を一人で帰らせるわけないだろ。…大体、香音はいつも一人で抱えて無理しすぎなんだよ」
急かされるように靴を履き、壱吾のアパートを出る。
一気に冷たい空気に晒され、両手を擦り合せた私の手を壱吾の手が優しく包んだ。
「そういうとこ、嫌いじゃないけど。…たまには甘えて、我儘くらい言ったってよくねぇ?」
「………私、これでもめいっぱい甘えて、我儘言ってるつもりなんだけど」
「全然足りない。…一人で帰るとか寂しいこと言うし。もうちょっと一緒にいたいと思ってんの、俺だけ?」
拗ねた声に私は無言で首を横に振る。
「………私だって、一緒にいたいよ」
紛れもない本音がポロっと零れ落ちる。
………離れたくない。
壱吾のこの手を離したくない。
そう思ってるのは、決して嘘じゃないのに………。
どうして壱吾に包まれた手を、握り返すことができないの。
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