〈過去〉19歳・初夏

66/78
前へ
/747ページ
次へ
「ごめんね。…なかなか言い出せなくて」 よくもこんな嘘が次々と出てくるものだ。 ひとつ嘘を吐くたびに、心がジクジクと痛む。 「……まぁいーよ。香音も頑張ってんだし。その代わり、内定もらったらすぐ教えて」 「うん、わかった」 「じゃあ、……はい」 ポケットから両手を出すと、私に向かって腕を広げてみせる。 「……」 「会えない間の充電」 さっきの不安が過ぎるも、ここで拒否したら壱吾におかしく思われてしまう。 私は一歩足を前に踏み出し、吸い込まれるように壱吾の腕に包まれた。 どこか身体に力が入った気がするけど、さっきまでの不安を打ち消すような温かさに涙が出そうになる。 「……頑張れ」 「……うん」 離れる間際、おでこに唇が触れる。 別れを惜しむような、おやすみのキス。 これが壱吾に触れる最後にはなりたくない。 そう思いながら、遠ざかる背中を見送った。
/747ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2052人が本棚に入れています
本棚に追加