〈過去〉19歳・初夏

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開いたクローゼット。 何も掛かっていないハンガー。 無言で袋に詰め込む私。 「……なぁ、なにしてんの?」 もう一度問いかける壱吾に、 「ん、荷造り」 と、なんでもないように答える。 立ち上がり、リビングの入口で立ち尽くす壱吾の横をすり抜け、さっきまで壱吾がいた洗面所へ向かう。 「……なんの冗談?」 「なにが?」 カチャカチャと化粧品を抱え、またリビングに戻り、無造作に袋へ放り込む。 最後にベッドサイドに置いてあるアクセサリーを手にしようとしたところで、壱吾に腕を掴まれる。 「香音、……どういうことか説明して」 ……言いたくない。……でも。 私は静まり返った部屋に、小さく言葉を零した。 「……ごめん。……別れたい」
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