〈過去〉19歳・初夏

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………とてつもなく胸が苦しい。 それでも壱吾の苦しさに比べれば、きっとこんな痛みなんて大したことない。 「嘘じゃ、ない」 「信じない」 「本当に私ーー」 「じゃあ、俺の目を見て言えんのかよ」 ここに来るまで、何度も自分に言い聞かせた。 今日だけは、強い女を演じるって。 もう……後戻りはできない。 私はゆっくりと壱吾の方へ身体を向けると、真っ直ぐに壱吾の目を見た。 「………好きじゃない」 「はっきり言えよ」 やっと交わった視線は、冷たく哀しい色をしている。 少しでも揺れれば、簡単に嘘だと見抜かれてしまうだろう。 私は微かに目を伏せたあと、大きく息を吸い込み、はっきりと言葉にした。 「………嫌い。壱吾なんて、大嫌い」
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