〈過去〉19歳・初夏

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シン、と静まり返った部屋で、互いに視線を逸らせずにいる。 どっちが先に逸らすのか我慢比べの中、壱吾の唇が動いた。 「それでも、………俺は香音が好き。他の奴なんて好きになれない」 …………ダメだ。 早くこの部屋から出ないと、少しでも気を抜けば涙が零れそうになる。 「………別れたくねえよ」 最後の悪足掻きとばかりに、壱吾の絞りだすような声が私を引き止める。 「……………………ごめん」 私は急いでベッドサイドのアクセサリーを掴むと、鞄の中へ放り込んだ。 急いで荷物をまとめ、鞄の中から壱吾のアパートの合鍵とハタチの誕生日に貰った指輪の入ったケースをテーブルの上に置く。 「……鍵、ここに置くね。あと、……指輪も返す。私が持つ意味、ないから」 壱吾は何も言わない。 でもそれでいい。 私はそっと立ち上がると、 「……じゃあ、ね。今まで……ありがとう」 最後の別れの言葉を残して、バタンとリビングのドアを閉めた。
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