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今まで誤魔化し続けてきた想いが、溢れた瞬間だった。
「ごめん、瑞妃。やっぱり今日、シフト代わってほしい!」
瑞妃に向かって頭を下げると、小さな溜息が聴こえる。
「貸しイチ。……私、もみじ饅頭のチョコレート味が食べたいな」
顔を上げれば、ニヤ、と瑞妃の口元が綺麗な弧を描く。
「ちゃんと羽村さんに送ってもらうように、頼んできてよね」
「……うん」
「ほら、香音!急いで急いで!」
有紗と瑞妃の後押しを背中に受けて、急いでロッカーの中から鞄を掴み、制服のまま更衣室を出ると、入口を出たところの壁に紗羽がもたれて立っていた。
私が口を開くより先に、紗羽が声を発する。
「お金、足りる?」
「え?」
そう言って、突然手渡されたのは一万円札、二枚。
「私、チーズ味がいいな」
ふっと笑いながら私の手にお金を握らせると、その手をギュっと包まれる。
「ちゃんと本当の気持ち、伝えておいで」
大丈夫だよ、というような温かい眼差しが、じんわりと涙腺を刺激する。
「……ありがとう。お金、ちゃんと返すから」
泣いてる場合じゃない。
もう、逃げない。
みんなの気持ちを無駄にはしない。
そう決意して、私は壱吾の元へと走り出した。
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