八七六〇時間の忘却

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ひと月経った今、それを知る術は無い。 いや、そう思うようにしている、と言った方が正しいだろう。 実際、俺はいつでもアイザックの胸倉を掴みに行くことが出来る。 頭突きでもなんでも、奴にお見舞いしに行くことが出来る。 何故なら、俺は奴の家の鍵を未だに持っているからだ。 返しもせず、捨てもせず、自分の部屋の鍵と同じ金属の輪に繋いでいる。 猫だって、付いたまま。 まあ、アイザックが家の鍵を変えていたら、これはただのガラクタになってしまうわけだが……。 忘れたいことは、ひと月経っても、ふた月経っても、一年経っても忘れられないものだ。 ひと月経ってもアイザックのことを考えてしまう。 これは前の職場での嫌な記憶を一年経っても思い出してしまうことで証明されている。 変われない。 精神が病んだ人間に「頑張れ」だの「君は変われる」だの、残酷な言葉を言ってはならないと、どこかの住職が言っていた。 それは、自分が自分に向かって言うのも同じだろう?
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