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俺なら、見知らぬ人間に目の前で泣かれりゃ、訳が分からなくなって逃げ出すが?
鍵を持っていようが、持っていまいが、俺は怪しい人間だっただろう?
記憶が無いんだ、怖かっただろうに。
「んー、君が俺の名前を知っていたのと、黒猫のぬいぐるみを持っていたこと、それと……」
アイザックが、こちらを向きそうになり、俺はスッと視線を下に逸らした。
「思い出したいんだ、記憶を」
今のアイザックと目を合わせるのは、とても怖い。
記憶を思い出して欲しい、という気持ちと思い出して欲しくない、という気持ちが俺の中には存在している。
思い出した記憶の中に、良いことなど無いと思ったのだ。
「教えてくれないか?君のことを」
違和感……、やはりアイザックであって、アイザックではない。
「お前……」
「なに?」
「あんたは俺のことを君とは言わない。お前と言ってた」
俺の記憶の中のアイザックが笑みを浮かべる。
あの顔で、あの声で、俺の名を呼ぶ。
目の前の人間に重ねれば、苦しくなるってことぐらい分かっていた。
ただ、世界に独り取り残された俺は、そうすることしか出来ないんだよ。
取り残されたのは記憶を失くしたアイザックではなく、消された記憶の中にいる俺の方だ。
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