八七六〇時間の忘却

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俺なら、見知らぬ人間に目の前で泣かれりゃ、訳が分からなくなって逃げ出すが? 鍵を持っていようが、持っていまいが、俺は怪しい人間だっただろう? 記憶が無いんだ、怖かっただろうに。 「んー、君が俺の名前を知っていたのと、黒猫のぬいぐるみを持っていたこと、それと……」 アイザックが、こちらを向きそうになり、俺はスッと視線を下に逸らした。 「思い出したいんだ、記憶を」 今のアイザックと目を合わせるのは、とても怖い。 記憶を思い出して欲しい、という気持ちと思い出して欲しくない、という気持ちが俺の中には存在している。 思い出した記憶の中に、良いことなど無いと思ったのだ。 「教えてくれないか?君のことを」 違和感……、やはりアイザックであって、アイザックではない。 「お前……」 「なに?」 「あんたは俺のことを君とは言わない。お前と言ってた」 俺の記憶の中のアイザックが笑みを浮かべる。 あの顔で、あの声で、俺の名を呼ぶ。 目の前の人間に重ねれば、苦しくなるってことぐらい分かっていた。 ただ、世界に独り取り残された俺は、そうすることしか出来ないんだよ。 取り残されたのは記憶を失くしたアイザックではなく、消された記憶の中にいる俺の方だ。
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