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僅かに残った人の善意につけこむなんざ、卑怯だ。
「こんにちは、ご予約ですか?」
自動ドアをくぐるや否や、オレンジ色を基調とした柔らかい雰囲気のある受付で、若い綺麗な女性に声を掛けられた。
「へ?い、いや、予約とかじゃなくて……、アイザックさん居らっしゃいますか?じゃなくて、これ渡しておいてください」
「ノア先生ですか?今、お呼びしますね」
俺が少々挙動不審だった所為だろうか、受付の女性は困ったような顔をして内線を掛けようとしている。
別に、あの人と顔を合わせる必要は無いんだよ。
「いや、違う。だから、これを……」
「あ、ノア先生!お客様ですよ!」
運が良いのか、悪いのか。
薔薇のボールペンを受付に置いた瞬間、ちょうど奥の扉から、先ほどの格好に白衣を羽織ったアイザックが姿を現した。
「あんた、これ忘れて────」
「おいおい、ギリギリだな。行くぞ?」
「は?なっ、おい!」
薔薇のボールペンを掴むことなく、アイザックは俺の腕を掴み、スタスタと自動ドアの方に歩みを進めて行く。
別に「律儀だな」とか褒められたかった訳では無いが、他に言葉は無かったのか。
礼を言うとか、だな……。
「じゃあ、美樹ちゃん。あと、よろしくなー」
「はい、ノア先生」
自動ドアが俺の背後で閉まる瞬間のやり取りだ。
俺の滞在時間、実に五分。
何が起こっているのか、全く理解出来ない。
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