第三章 薔薇とバイオリン

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叶家は『学園都市駅』から3駅離れた『桜が丘公園駅』より徒歩7分。閑静な住宅街の一画に存在した。 桜が丘と名付けられた少しこんもりした高台に軒を構え、その2階に位置するノンのメルヘンチックな腰高窓からは、町全体が見下ろせるという実に贅沢な環境が与えられていた。 ほら母さん、ノンが歩いたぞ! 母さんノンが今パパって言ったぞ! ノンは明日から幼稚園か。母さんに似て美人だな! 一人っ子の私は、大学の名誉教授であり実業家でもある父から、目一杯の愛に包まれながら幼少時代を過ごし、それは今でも衰える事無く続いている。 私が小学校にあがる時、母は病気で他界。それ以降、父の愛は更に深まったように思える。 とにかく裕福な家に生まれ、何の不自由も無く大事に大事に育てられた私は、困難にぶつかった時の免疫力が他人より少ないような気がする。 ちょっと何か言われただけでも、すぐに刃物が心に突き刺さり、傷が癒えるまでにはかなりの時間を要してしまう。 そんな自分の特性を理解してからと言うものの、すぐに困難から逃げるという悪い癖が染み付いてしまっていた。 気付けばいつもビビリな自分がそこにいる。 今日だってあの男がすぐ後ろにいた事に気付いた時点で、大声を張り上げて助けを呼べば良かったんだ......そうすればあの男もビックリして逃げ出していたかも知れない。 なのに恐怖で体も動かなかったし、声も出なかった。
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