第三章 薔薇とバイオリン

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今は父に心配を掛ける訳にはいかない! ノンは涙を拭い、外したブラウスのボタンを絞め直す。そして大きく深呼吸して、服と共に乱れた心も整えた。 「お嬢様......」 どうやらノックした者は、10年来我が家に仕える家政婦のようだ。名前は高峰花(たかみねハナ)と言う。年齢43歳。女手一つで子を育てる一児の母だ。 「はい......」呼吸を整え、努めて静かに答える。 「お嬢様にご来客ですが......如何致しましょうか? もうこんな時間です。今日のところはお断りしましょうか?」 実に静かな物言いだ。 父は騒がしい人間も、騒がしい環境も好まない。この家にしてこの家政婦......実に解りやすい。 パソコンの横に置かれたこれまたアンティーク調の時計に目をやると、二つの針はちょうど夜の7時半を指していた。 「こんな時間に一体誰が......」 まさかまたあの男か?! 今日の一連の出来事に関しては、父はもとよりこのハナにも何ら話してはいない。 よって夜半における来訪者への警戒心などは、ハナにとってほぼゼロと言っても過言ではなかった。 突如としてノンの体に電撃が走り始めた。 そんなノンの危機迫った心境などハナは勿論知るよしもなく、淡々とノンの質問に答える。 「名前はまだお伺いしておりませんが、若い男性の方です。ノン様のバイオリンをお届けに参られた......そのように申されておりますが......」
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