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スプリング・エフェメラル
彼のことを、スプリング・エフェメラルと呼びはじめたのは誰だっただろうか。
雑誌の講評か何かで、彼の作風を指して書かれていた気がする。そして彼の活動時期をかけあわせているのだろう。
夏の風物詩として語られる歌手がいるように、彼は春にしか絵を発表しない。完全に絵だけで生計をたてることは難しいから、イラストカットのような仕事は時々するけれど、きちんとキャンパスに向かって描いた作品を発表するのは、決まって春のことだ。
春に咲き、夏に葉をつけると、あとはずっと地下にもぐっている草花のように息をひそめている。
「起きてる?」
彼は古くて味のある家屋に住んでいて、私はこの家が好きだった。
日曜日の昼過ぎ、スーパーで買った食材を手に彼の家に行くと、のっそりとした人が奥から姿を見せた。
いつも通り、寝ぐせでくしゃくしゃの髪をしている。とっても背が高いけれど、猫背を丸めて歩く。よれよれのシャツを着て、よれよれのジーンズをはいている。
スプリング・エフェメラル。「春の妖精」という言葉からイメージするような、優しげな少年とは違って、彼はただの生活力のない大人だ。
しかも彼は絵を描く以外のことは、まったく出来ない。やっておいてと頼んだこともすぐ忘れてしまうし、そそっかしくて、すぐ何かをひっくり返したり、壊したり、つまづいたりしてしまう。
だから絵を売るためには、私が個展のお願いをしたり宣伝をしたり、要するにマネージャーのようなことをしなければならない。私は会社員で、自分の仕事があるのだけど。しがない事務員なおかげで、残業があまりなく、なんとか仕事の後や土日をつかって駆けまわっている。
彼は頭を更にくしゃくしゃとかきまわして、にこりと笑った。
「お帰り」
本当はお帰りじゃないし、私は街に自分の家があるのだけど、彼は気にしていない。やれやれと笑いながら、私は食材をテーブルに置く。
「あとで何か作るね。お昼ご飯食べてないでしょ?」
「うん、咲乃が来ると思ってたから」
親に頼りきりの子供みたいで、困った大人だ。
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