スプリング・エフェメラル

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 冷蔵庫に買って来たものをしまいこみ、私は彼のアトリエに向かった。  アトリエは、居間の隣、縁側の続いた部屋だった。気持のいい風が通り、ささやかな庭が見渡せる。  私は日当りのいい縁側と、この暖かな庭が大好きだ。日の光は、部屋の中までは入ってこない。この家の中で絵を描くには最適の場所だった。  アトリエは散らかっていて、たくさんの色であふれていた。机に散らかる画材。真っ白なキャンバスがあり、その横に描きかけの絵もある。  彼は幼いころに両親が離婚し、祖父母の住むこの家にやって来た。  私の実家は隣りで、私はよくお菓子をもらったり果物をもらったりして老夫婦になついていいた。この家にしょっちゅう出入りしていたから、自然と彼とも親しくなった。  身勝手な大人の都合に振り回されながらも、同時に彼は大人の慈しみの手で守られて、のびのびと育てられた。  昔から、気がついたら、彼はいつも絵を描いていた気がする。  彼の才をおばあさんが愛し、おじいさんが認め、大切に守ってきたのを私は知っている。本当は、彼のマネージャー仕事は、おじいさんがしてきたことだ。  私は彼の描く絵が好きだ。   不思議だった。彼が色を持つと、それがみんな意味を持ち、形を持った。  目の前にあるものを描いても、実物よりも絵の方がいいもののように思えた。まるで魔法のようだった。  作品と作者は別物と言うけれど、制作風景や手順や、タッチには少しでも彼と言う人がにじみ出る気がする。  画家としての彼はいつも花の絵しか描かない。  暗闇の中に咲く一輪の花。その陰影のコントラストがとても好きだ。  春の空の下で咲き乱れるたくさんの花。あふれる幸せや喜びが感じられて好きだ。  そして夜の公園に咲く、桜の花明り。そこに宿る深い悲しみや痛みが、彼の人柄をあらわしているようで、好きだった。春は花のお祭りで、はじまりの季節で、お別れの季節だ。  おばあさんは彼が中学生の時に亡くなってしまったけれど、おじいさんと彼とでずっとこの家で生活していた。  おじいさんは、彼が成人式を迎えて数ヵ月後に亡くなった。癌だったと思うけれど、詳しいことは知らない。ただ、大切な孫の晴れ姿を見ることができて、おじいさんはとても幸せだったはずだと思う。
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