学園刑事物語 電光石火 後編

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「久芳先輩は、人生には休憩がある。ゆっくり休めと」  征響らしい力強い言葉だが、さっぱり意味は分からない。 「弟は全身怪我だらけで、生きているのが不思議なくらいだが、それでも、無鉄砲で全く懲りない。怪我や病気では、人間の本質は変わらないとも言いました」  征響は、俺を例にしていたのか。それで、榎森は俺に興味が出てしまい、観察してしまったらしい。 「……征響」  病気のせいで、榎森の親はこのマンションに住む事を許したらしい。榎森の通学に時間をかけ、体力を消耗させてしまいたくなかったのだろう。 「でも印貢君は、太陽みたいだなって……印貢君が来ると、秋里先輩も倉吉先輩もよく笑って、怒って、活き活きとしています」  褒めてくれて嬉しい。 「久芳先輩に至っては、もう、印貢君を目の中に入れそうなくらいに可愛がっているのが、凄く分かって。でも印貢君は全然気がついていなくて……」 「俺、そんなに鈍い」  そもそも、征響は俺を可愛がってはいないだろう。 「印貢君が必死で久芳先輩に挑戦しているのが、私の元気の素です」  俺は、紅茶をテーブルに置くと、そっと榎森に口付けした。榎森は、真っ赤になってから目を閉じた。  本当に触れただけのキスなのに、榎森は目を閉じたまま、ぎゅっと下を向いた。媚びた感じのない女の子は、俺の周囲にはいなかったかもしれない。確かに、秋里の言うように季子に似ていた。  キスに真っ赤になっているというのに、俺は榎森を、そのままソファーに押し倒してしまった。 「凄い、可愛い」  柔らかくて、綺麗で、清い。こんな宝物のような存在があったのか。  榎森が季子に似ているのならば、佳親が季子を守っている気持ちがよく分かる。 「……すごくかわいい」  キスを幾度もしていると、どうにも止まらなくなってしまった。  ……そして、親が帰って来るからと、俺は逃げるはめになった。本当は、榎森は親に俺を紹介するつもりだったのだが、そうもいかない状態に陥ってしまったのだ。 「じゃ、又、ゆっくり話そう」 「……はい」  泣いた後の残る顔で、榎森はにっこり笑うと俺を玄関まで送ってくれた。
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