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川沿いの、どこにでもありそうな小道。
いずれは見事な桜並木になるのだろうが、今はまだ若い木たちだ。
透き通るような浅い緑は、自らが咲くことを決して疑わないすこやかな勁さ。
驚くほど密度の高い紅は、かたくかたく自分の肩を抱くように寒風に耐えている。
この愛らしい蕾のどこに、これだけの力が潜んでいるのだろう。
軽やかでいて、圧倒的な艶めかしさだ。
「二分咲きってところでしょうか」
加川は頷きながら、スケッチブックを取り出した。
固い蕾、ようやくほころび始めた花、いち早く咲いた花。
それぞれを愛でるように、加川はそれらを写し取っていく。
様々な染料が染みついた加川の手は、華奢な身体に似合わないほど大きくがっしりとしている。
さくらは、この手を見るのが好きだった。
加川は染師と名乗り、夾纈(きょうけち)と呼ばれる今では殆ど残っていない技術を甦らせることに心血を注いでいる。
邪魔になってはいけないと、さくらは少し離れて加川の様子を見守った。
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