同期のさくら

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 にこりと笑いながら佐倉が言う。俺はベンチに座ると、 「いや。お前こそ今夜はどうしてこんな時間に?」  袋から買ってきた缶ビールを佐倉に差し出すと、彼は透けるように白い手でそれを受け取ると隣に座って、 「今夜が最後かなと思って。風も強かったから散る前に明け方の桜を撮ろうと急に思いついたんだ」  ――今夜が最後……。  カシッと隣でプルタブが開く音がした。俺も缶を開けると喉へビールを流し込んだ。  風が吹くたびに薄紅色の小さな花びらがひらひらと舞い落ちる。俺の隣で小さく息をついた佐倉が口を開いた。 「実はね、昼間に山田と……」 「佐倉」  俺は佐倉の言葉を遮った。佐倉が少し驚いて、どうしたの、と訊ねてくる。俺の様子を窺っている気配を感じながら、 「俺はお前に謝らないといけない」 「謝る? 謝るって何を?」 「お前が俺の代わりに関西に行って酷いパワハラにあっていたと聞いた。すまん、全部俺のせいだ」  隣の佐倉が息を呑んだのが伝わってくる。俺は彼に顔を向けると、 「お前、本当はもう居ないんだってな……」  眼鏡の奥の瞳が大きく開いた。そして、それはすぐに哀しそうな微笑みに変化した。 「どうして俺に逢いに来たんだ? 俺を怨んでいるからか? それとも何か俺に言いたい事があるからか? 俺は一体、今のお前に何がしてやれる?」  佐倉は黙ったままで何も言わない。 「前に言ったよな。この桜が散ったら行かなくちゃいけないって。それはこの世にもう留まれないって事だろう? それなら、お前の心残りを俺が叶えてやれないだろうか」  まるで雪が降るように桜が舞った。  待て。待ってくれ。今、花が散ってしまうと佐倉が消えてしまう。俺の前から居なくなってしまう。  佐倉がコクンとビールを飲み込んだ。そして缶をベンチの上に置くと、 「じゃあ、一つだけ願いを聞いてもらおうかな」  佐倉が俺に立ち上がるように言った。そして三歩前に出ろという。俺は言われるがままに従うと、今度は両足を肩幅に拡げて両手を腰につけろと命じた。  佐倉の真意が分からずに俺は後ろに振り返ろうとした。すると、
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