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うう、気持ちが悪い……。
今夜は久しぶりに集まった同期入社の奴らと深酒をした。電車がなくなり、俺は酔い醒ましに二駅先の我が家まで歩いて帰ることにした。
途中の河川敷沿いの遊歩道に百メートルほどの桜並木がある。今はまだ蕾のほうが多いがそれでもぽつぽつと薄紅色の可憐な花が開いていた。花を見上げながらしばらく歩いていたら酔いが廻ったのか気分が悪くなって、俺は桜の木の下のベンチに座り込んだ。
家まではまだ半分ほどある。寒いがここで調子が戻るまで座っていよう。
そう思って瞼を閉じた時だった。
「大丈夫ですか?」
掛けられた声と近くに感じた人の気配に俺は俯いていた頭を上げた。酔いに霞む視線の先には桜の木を背景に一人の男が立っていた。
「具合が悪いんですか。必要なら救急車を呼びますけれど」
「ああ、大丈夫です。ちょっと飲み過ぎ……たっ」
ぐう、と喉にせりあがってくる予感に右手で口を覆うと桜の幹の根本に膝をついた。ゲエッとえずき、ゴホゴホと咳き込んで何度か胃の収縮に合わせて吐瀉する。
食べたものを全て出して胸のむかつきが無くなったころに、俺は自分の背中をさすられていることに気がついた。
肩越しに振り返ると先程の男が俺の背に手を添えていた。初対面の、それもこんな夜中に会った得体の知れない人物に背中をさすられて、俺は恥ずかしさと警戒感に慌てて立ち上がった。
桜の幹に手をつき足を踏ん張ると、男が肩から斜めにかけていたバッグからペットボトルを取り出して「水です。新品ですから安心して」と差し出してくれた。警戒しつつも俺は彼から水を受け取ると口に含んで何度かうがいをした。
「どうもすみません」
左手の甲で口元を拭う俺に彼は「まだ座っていたほうがいいですよ」と言った。覚束無い足取りでベンチに座ると、俺が吐き出したものをスニーカーで砂を蹴って隠した彼が、また近寄ってきて少し間を開けて隣に座った。
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