同期のさくら

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「僕も独りだよ。少しはましになったけれど人見知りは相変わらずだし、女性には苦手意識があって、今で言うところの立派なコミュ障だからね。こうして君と話が出来るのは、あの頃の高畑が僕の世話をいろいろと焼いてくれたからだよ」  それなら当然、俺の記憶に残っているはずなのだが、何も思い出せないのはまだ酔いで頭がぼやけているからだろうか。  そんな事を思っていると急に鼻の奥がむず痒くなって盛大なくしゃみをした。ずずっ、と鼻を啜る俺に彼は、 「風邪を引くといけないからもう帰ろうか」  ベンチを立ち、重そうに鞄を肩に掛けた彼に、 「今は何をしているんだ? 良かったら名刺とか……」 「ごめん、名刺は持っていないんだ。仕事はまあ、いわゆるやりたい事をやっている」  名刺をもらって名前を確認すると言う俺の思惑は見事に玉砕した。  じゃあね、と言って彼は桜並木の下を歩きだした。俺はその背中を見送り、腕時計で今の時間を確認してもう一度、彼の後ろ姿を眺めようと視線をあげて驚いた。  ――おい、嘘だろ?  真っ直ぐに延びる桜並木の下の一本道。それなのに俺の同期だと言った男の姿は煙のようにその場から消えていた。  男に出会ってから一週間。俺は依然として彼の正体を思い出せないでいた。他の同期の奴に会ったら聞いてみるつもりだったが、生憎皆、所属部署が違うからその機会も無かったのだ。  そうだ、今夜もあの桜並木の下を歩いて帰ってみよう。  深夜のオフィスを出るといつも通勤途中の電車の中から見える道をぶらぶらと歩いた。川沿いの並木道の入り口に差し掛かると桜の花はどれもふっくらと開いて、そろそろ満開だな、と思った。  よく見ると桜の木には紅白の提灯がぶら下がっている。それは隣の木も同じで提灯を繋ぐ黒い電気コードが見えると何だか少し残念な気分になった。たかだか百メートルの桜並木でも、花より団子で集まる人達もいるのだろうな、なんて少々穿った気持ちで歩いていると、これまた小さく人工的な音が耳に届いて気分を害された。
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