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「ハハッ、そうだ、同期の佐倉だ。あの部長、しつこくお前にそう言って絡んでたよな」
「本当にね。何度、カラオケに付き合わされては二人で歌わされたっけ」
「佐倉だけなら未だしも、どうして俺も一緒に歌わされたんだ?」
「そりゃ、高畑はいい声だもの。僕はカラオケとか飲み会とか本当に苦手だったけれど、高畑が隣で一緒に歌ってくれたから随分助かったんだ」
はにかんだ佐倉の笑顔に、十五年前の彼の姿が一致した。
佐倉は入社式から随分遅れて新人研修に参加した。入社直前に体調を崩して入院していたからだ。やっと出社してきた頃には同期生は皆、それぞれに気の合う奴とつるんだりしていたから、生来の引っ込み思案と人見知りもあって彼は皆の輪に入れなかった。で、これまた生来のお節介焼きの俺がいつも独りでぽつんとしていた佐倉を見るに見かねて構うようになったのだ。
どうして忘れていたのだろう。良く良く思い返せば佐倉とは他の同期よりも一緒にいた時間が長かったのに。
「なあ、佐倉。今度、他の奴も誘って皆で飲まないか?」
すると佐倉の顔から少し笑顔がなくなった。
「皆に会いたいのはやまやまだけれど、実はもうすぐこの街を離れないといけないんだ」
「えっ? もしかして転勤とか?」
「いや、そうじゃないんだ。でも、この桜が散り始めたら行かなくちゃ」
何とも不思議な言い回しだ。
「そうか、それは残念だな」
「だけど、それまでは毎晩こうして桜の写真を撮っているよ。だから高畑がここに来てくれたら会えるよ」
にこりと笑った佐倉が「もう遅いね」と俺に別れを告げる。俺も、またな、と言って佐倉とは反対の方向へと歩いた時、
「あ、そうだ、佐倉……」
振り返り様に掛けた言葉を飲み込んだ。遮るものの無い並木道。なのに、最初に再会した夜と同じように佐倉の姿は全く俺の目に映らなかった。
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