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一人でいると佐倉の事を考えてしまう。
深夜の花の下のベンチで再会した佐倉。優しく俺の背中を撫でて介抱してくれて、同期の奴の話を楽しそうに聞き、一眼レフで撮った桜の写真を見せてくれた。
あの時、佐倉が差し出してくれた水の冷たさは本物だった。静かに話す声だって、少しのアルコールに染まった頬だって、生きている人間の体温を感じさせた。
でも、確かに彼は自分の今の仕事については妙にぼやかしていたし、他の同期と飲みに行こうと誘ったときもあまり良い返事はしなかった。それに二人で会って別れると、彼はいつもその姿を忽然と消していた。
そうだ、あの桜並木の道だっておかしくないか?
桜の枝に提灯をつけ、ライトアップするということは夜桜を楽しむ見物客がいるからだ。なのに俺と佐倉が会っていた時には誰ひとり通らなかった。
そして何よりも、彼は俺と初めて会った十五年前と変わらない姿をしていた。
もしも本当に佐倉がこの世に居ないのなら、何故、今になって俺の前に現れたのだろう。あれが幽霊の類いならば、俺に何かを伝えたかったのか?
――お前の代わりだったんだよ。
俺の代わりに辛い目にあって死んでしまったから、怨みごとを言いに来たのだろうか。
春の強い夜風が窓を揺らす音が気になった。俺は佐倉の言葉を唐突に思い出す。
「桜が散り始めたら行かなくちゃ」
テレビはいつの間にか通販番組を流している。それにさっき外から聞こえたのは新聞配達のバイクの音だ。
もう、明け方が近い――。
俺は居てもたってもいられずにテレビを消して家を飛び出した。
コンビニの袋を下げたまま、息を切らして川沿いの桜並木を急ぎ足で歩く。目的のベンチの近くの大きな桜の木の下には、散り始めた花に熱心にカメラを向ける佐倉の姿があった。
今時の幽霊はちゃんと足がついているのか。
自分の貧相な幽霊像と照らし合わせてファインダーを覗く佐倉に近づいていくと、彼が俺の足音に気がついた。
「こんな時間まで残業? ここのところ来ないから忙しいのかなとは思っていたけれど」
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