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俺は電話を切って、夜の街を走った。 白い息が夜空に消えていく。雪がちらついていた。今日はとても冷える。 安岡が泣いてた。 チョコがあんなに好きだったのに、なんだよ。 嫌いとか言うなよ。 父の店は俺と母が暮らすアパートから電車二本ほどの距離にあった。 周りのお店は暗くなっていたが、父の店からオレンジの光が漏れている。 重いドアを開けて、俺は暖かな店内に入った。 売店のお姉さんを無視して奥の調理スペースに入る。 父は昔と変わらす白い服を着てそこに立っていた。 むせ返るような甘い香り。気分が悪くなりそうだ。 「なんだ。久しぶりだな」 「チョコ。なんかないの」 数年ぶりに会う父はとても痩せていた。年をとったな、と思った。 父はこんなに小さかったのだろうか。 いきなりの訪問に父は咎めることもせず「待ってろ」と一言だけ言った。 そして、大きな冷蔵庫から綺麗に並べられた丸いチョコ菓子を持ってきた。 つるつるとした表面。まるで食べ物ではないような。 「見た目はこれだが中身は濃厚だ。疲れもとれる」 「うん」 「学校ちゃんと行ってるか」 「うん」 「母さんは元気か」 「腰が痛いとか言ってるけど元気」 「そうか」 「うん」 「チョコ、食べられるようになったのか」 「俺じゃない。知り合いにやる」 「そうか。少し母さんにも渡してくれ」 「うん」 駆り際、レジのお姉さんがチョコを包装してくれた。 これは父の新作らしい。カカオ成分が多めで砂糖はほとんど使ってないのに甘さもあるらしい。 俺はうっすら雪で積もる街をチョコを持って走った。 大嫌いなチョコを持っている俺の鼓動はどんどん強くなっていった。
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