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エス氏はなんとなく楽しさを覚えていた。
それまではオフィスの中で希薄な人間関係しかなく、上司と部下という縦社会の中で息の詰まることも多々あった。
しかし今は同志という感覚が芽生え始めていたのだった。それは部長も同じだった。
「正直に言うと、君は会社に残らないと思っていたよ」部長は車道の白線を目で追いながら言った。
「そんな感じに見えました?」エス氏は軽く笑った。
「偉そうなこと言ってた連中はみんな逃げちゃったよ。やっぱり言葉だけじゃ人間は分からないものだね」
「会社に命をかけるなんて馬鹿馬鹿しいと思う人が多いみたいですけど、そういう馬鹿がいるからこそ、この国は大きくなったんですよね」
「その通り。利口な奴ばかりになったら、この国は消滅するよ。どうせ逃げることが賢いと思ってるんだろ。そんな奴は簡単に国を捨てる」
「確かに」エス氏は深く頷いていた。
「ん・・・・・・何の音だ?」部長は視線の先にある建物を見つめていた。ガラスが割られていた。
「強盗というか、空き巣ですかね?」エス氏は小さな声を出した。
「本当にいるんだな、クズ人間って。人の不幸に便乗する奴は許せないよ」そういうと部長は割れたガラスの中にずかずかと入っていくのだった。
「危ないですって、部長。武器もないですし。どんな奴か分からないんですよ」エス氏の心臓は高鳴っていた。
「大丈夫だ。俺は学生時代に空手部の部長だったんだ。見て見ぬ振りはできないよ。それにこのビルはうちの会社の取引相手だ」
「ちょっと・・・・・・」エス氏は武器になりそうなものを手にとって、しぶしぶ部長の後ろを付いて行った。
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