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ある日、一郎はばあちゃんに聞いた。
「じいちゃんは、いつも怒ってるの?」
子供らしい素直な物言いだ。ばあちゃんは答えた。
「じいちゃんは、怒っているわけじゃないよ。職人気質というか、昔気質なんだよ」
「ふうん」
一郎は相づちを打ったが、理解していたかどうかは分からない。
そう言うと、ばあちゃんは台所へお菓子とお茶を用意しに行った。事情が事情だけに、うまくごまかした。しかし、ばあちゃんも真実を知らなかった。
本当のところはこうだ。5年前、十郎が60歳のころ、漁に出たある日、一郎の父親である義男が船上で蒸発する事故が起きた。船長だった十郎は責任を取って船を降りた。それ以来笑わなくなり、口もきかなくなったのだ。それと同時に、将棋界からも姿を消した。
そういうことがあって、一郎の母親は十郎のことをよく思っていない。一郎が十郎のところへ遊びにいくこともだ。
スランプにはなったが、一郎は将棋が嫌いではなかった。ただ、小学校を卒業して、中学、高校へと進むにつれて、十郎やばあちゃんに会うことは少なくなっていった。
10才のころに将棋を教えてもらったことがきっかけかどうか分からないが、一郎は理数系に強く、大学もその方面の学科へ進んだ。それと同時に一郎は自宅を引っ越し、ますます十郎夫妻とは疎遠になった。
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