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みっつめの橋を越えたところで、カナは旅券を手に入れた。
けして正当な手段ではない。しかし、隠れて橋を渡るのももう限界だった。
あの廃墟を出た日から、すでに一年と少しの年月が過ぎていた。その間にカナも成長し、かごに隠れきれなくなっていたのだ。
いっぽう、ダンはそれを機に古ぼけたヴィオロンを手に入れていた。ダンは若いころ、吟遊詩人としてならした時期があった。今もその声は健在だ。カナも演奏したがっていたが、まだまだ難しそうだった。ヴィオロンの演奏は並大抵のものではない。しかし、カナには驚異的なリズム感があった。一度聴いた曲になら、即興でダンスをつけることができるのだ。
はじめは小さな町で、吟遊詩人と踊り子としてストリートパフォーマンスを披露した。
やがてその評判はじわじわと上昇し、だぶだぶのコートを着たヴィオロン弾きとふわっとしたワンピースを着た踊り子の二人組は町の端々でうわさに上るようになっていった。
よっつめの橋を越えた国では、カーニバルの真っ最中だった。
既に評判の二人組と化していたダンとカナは、カーニバルの隅でその技を披露することになった。古ぼけた帽子をお代入れとばかりにちょんと手前に置き、ダンがヴィオロンを心地 よさそうに弾くと、それにあわせてカナがくるくると舞い踊る。
たちまち帽子の中は銀貨でいっぱいになった。
「きれいな曲だねぇ。どこの曲だい?」
観客の中にはそう問うものも少なくない。素直に自分たちの出身を答えると、
「あそこか……こんなにきれいな曲がある国を滅ぼそうとするなんてとんでもない奴らもいたもんだね」
そう同情の視線をかけてきた。しかしカナたちは同情を求めているわけではない。
「私たちはあの国に誇りを持っています。いつかきっと……帰るつもりです」
まだ幼さの残るカナの口から強い意志を受け取ると、いっそうの拍手が巻き起こった。
ダンの髪はすっかり白くなりつつある。カナも胸や腰の線がでだしていた。
国を越えていくにつれ、遠くなる故郷。けれども忘れたことはなかった。いつか帰る日を夢に見て、二人は、ついにいつつめの橋を越えた。
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