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……そこには、見覚えのある花壇と、庭と、畑と、家があった。
「どうして?」
それは紛れもなく、自分たちの故郷。
「五つの橋を越えたら戦のない国につくっていうのはうそだったの?」
カナは唖然としてつい大声を上げる。
「……いや、こここそが目指していた場所だよ、カナ」
老人はしきりにうなずいた。
「ここは人の願望が見せる夢の世界。いつか帰る故郷をこれだけ鮮明に覚えていたんだね、カナは」
「でも、偽ものよ」
壊れてしまったはずの家や畑。ふわりと心地よい焼き菓子の香りが漂う。
「もう、いいんだよ、カナ」
疲れて休んで眠っても。君のしたいようにすればいい。
ダンはそう言って微笑むと、すっと影が薄くなった。ここで永遠の故郷に取り込まれるつもりなのか。
「あたしは……」
カナは、わずかに躊躇する。と、ダンはそれまでめったに触らせてくれなかったヴィオロンをカナに差し出した。カナは震える手で、それを受け取る。ダンの口元が、小さく動いた。
(さよなら、カナ)
ほろり、とカナの瞳から涙が一筋零れた。それと同じくして、老人は姿を消した。
脱力感を抱えたまま、カナはよっつめの国に舞い戻っていた。
そしてその晩、カナはふわりと夢をみた。
両親が笑っている。ダンがヴィオロンを弾いている。
ふわり漂う焼き菓子の香り。
「帰ってきたのね」
母がにっこりと微笑んだ。
「夢の中でなら、いつでも会える。いつか、国に帰って復興させるから――待っててね」
カナは小さくつぶやくと、大好きだった両親の額に小さくキスをした。
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