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また女の子がにっこりと笑った。
俺も少しばかりおぞ気が立ったが、まあこのくらいならまだ許容範囲だ。
「だから残念だけどアヤカはヒロくんの彼女にはなれないね」
女の子の言葉の語尾にはいちいちハートマークがついていそうだった。
さすがにこれは理解できないな。
「でもアヤカはヒロくんが好きなの!ライブハウスでずーっと見てたよ!全部見てたよ!彼女になれなくてもアヤカはヒロくんが好き!
だから今日ヒロくんをスターにしてあげたよ!」
「いらない!そんなのいらない!!!」
ヒロくんが絶叫する。ボーカルらしい、よく通る叫びだ。
でも女の子、もうアヤカちゃんでいいか、アヤカちゃんはヒロくんの顔を覗き込んだまま、微動だにしなかった。
目頭切開を繰り返したせいか、大きくなりすぎて転げ落ちそうなアヤカちゃんの瞳。
そこに巨大なカラコンをかぶせてるせいで、かわいいはずの顔が時々訳のわからない虫みたいな生き物に見える。
「アヤカはいるの。ヒロくんがいるの」
「だ、だから付き合うから!おまえと付き合うから!」
「ヒロくんはアヤカのこと、知らないのに?」
突然正論を返されてヒロくんは色を失う。
この巨大な目をしたアヤカちゃんがどんな生き物だか、さっぱりわからなくなってるんだろう。
「知らないひとは彼女にできないよー。だからね、ヒロくん」
また、ドラムロールが鳴った。
「死んで?もう、誰ともカレカノにならないで?」
緞帳のようにするすると先端が丸く輪になった縄が下りてくる。
そこで俺は立ち上がり、ヒロくんの体を押さえつけた。
「なんだよ、なんだよ、歌ったら助けるって……!」
ヒロくんが責めるような泣くような目で俺を見た。
「俺は『かもしれない』って言っただけだ。俺がどう思おうとこちらの依頼者さんの気持ち次第なんだよ」
だから俺もちゃんとそれに応えてから、となりのアヤカちゃんを見た。
「アヤカは助けないよー。ヒロくんが好きなんだもん」
アヤカちゃんがケラケラと笑う。そしてヒロくんの首に縄をかけた。
「はい、金井のおじさん、ぐーっと上にあげて!ヒロくんの最期の歌、ちゃんと収録してね!」
「あー、はい」
依頼人の言うことだから素直に返事をしていたが、俺はおじさんと呼ばれたことに少しショックを受けていた。
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