第二章 ヒロくんの場合

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 アヤカちゃんもそれに気付いたのか、ちょっと気まずそうに「あ、えーっと、金井のお兄さん」と言い直してくれる。 「お気遣い、ありがとうございます」 「ううん。アヤカこそ、悪い子でごめんなさい」 「いや、ご依頼人に気を遣わせたこちらこそ」 「なんなんだよ、おまえら、狂ってるよ!!!!!」  ヒロくんが叫ぶ。  少しずつ輪の幅を狭めながら縄はゆっくりと上にあがっていく。  ヒロくんの体と一緒に。  その裂くような叫びを聞いても平然と新しい煙草に火をつけている俺と、相変わらずケタケタとおかしように笑ってるアヤカちゃんを見て、ヒロくんは今度こそその顔に絶望の表情を浮かべた。 「狂ってる!!!!」  そして、また、叫ぶ。 「なんだ。いまごろ気づいたのかよ」  俺は二本目の煙草をふかしながらそう答えた。   ヒロくんの絶叫、じたばたと暴れる足。そしてその合間にキリキリと滑車の音。  待ちきれなくなったアヤカちゃんが縄を自分で上にあげ始めたのだ。 「あ、こっちでやりますんで。あとで編集しやすい位置とか打ち合わせ済みなんです。あと、まあそちらさんが嬉しくて声を出されたりするとマイクが拾っちゃうんですよ、そこ」  俺に制止されてアヤカちゃんは真剣な顔でこくんとうなずいた。  そして、そっとそっと歩いてこちらへ戻ってくる。 「これくらいなら大丈夫?金井のお兄さん」 「大丈夫です。じゃ、ご依頼主さんはお好きなところで。あの黄色いラインを越えなければ声を出されても大丈夫ですよ。まあ、よほどの大声でない限り編集で消せますが」 「アヤカはお兄さんにお手間はかけさせないわ」  まだかろうじて床に爪先のついていたヒロくんは、暴れながら異様な物を見るような目で俺たちを見ていた。  もう、恐怖も絶望もそこにはなかった。 「曰く、人生とは不可解」 「なに、金井のお兄さん?」 「いや、たぶん日本一有名な遺言です。彼に似合うと思ってね」 「ふうん。気に入ったわ。ヒロくんのファーストライブDVDのタイトルはフカカイにする」 「それはどうも」  俺は可愛らしく笑うアヤカちゃんに一礼して、ヒロくんへと持ち上げる滑車へと近づいた。  ヒロくんの口は「キチガイども!死ね!殺す!助けて!」と脈絡のない絶叫を上げ続けている。  アヤカちゃんがうっとりと「最高のライブね……」と呟くのがかすかに聞こえた。
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