桜花降る池のほとりにて

6/11
前へ
/11ページ
次へ
眠ったのか、うとうとしたのか、雨音が絶え間なく聞こえていた。点けっ放しのスタンドの灯りが、外の明るさにゆっくり馴染んでいく。 昨日半日一緒に居たせいか「かのん」と呼ぶ、晴陽の声が耳元で聞こえる気がする。それから、付き合わされたフットサル。脛の辺りが筋肉痛だ。 雨はまだ降り続いていた。 階下の音が、雨音に混じって聞こえる。 6時20分。 着替えをして下りた。 「おはよう」 「おはよう。珍しく早いな」 「ん」 父は、まもなく朝食を終えようとしていた。僕は、テレビのボリュームを下げてから、顔を洗いに行った。 祖父の耳が遠くなったせいか、音量がやたらと大きい。祖母と父の朝食。祖父はまだ寝ている。この12年、僕が大学進学で此処を離れても、変わらない食卓の風景。 「花音はまだいいの?」 「ん、後でじいちゃんと食べる」 「おまえ、いつ迄居るんだ?」 「ん、月末か、頭辺り」 沢庵を摘んで、お茶をひと口飲む。濃い渋のお茶に目が覚めた。 「今度の土曜日仕事?テニス行く?」 「あぁ、そうだな。コート取っとけよ」 「ん」 父との唯一の共通事項だ。金曜日の夜に帰って4日目。毎日出歩いていた。日曜日は一寸行きたそうに見えた。。 玄関までついて行く僕を怪訝そうに見る。 「なんだ、出掛けるのか?」 「ん、一寸散歩」 「そんな、シャツ一枚で、寒いぞ。なんか羽織ってけ」 「ん、ね、父さん、再婚しないの?」 「は?なんだ、藪から棒に」 「離婚したこと、後悔してる?」 「おまえ、そんな話出掛けにするなよ。彼女でも出来たのか?」 「そんなんじゃないけど」 「おまえには、可哀想なことをしたと思ってるよ。今度紹介しろよ」 「残念です」 「行って来るぞ」 「あ、ん、行ってらっしゃい」 薄い書類鞄を頭に乗せて、小走りにガレージへ行く父の後ろ姿を見送りながら、確かに出勤間際に尋ねるようなことではなかったな。と思った。今迄聞いたこともなかったのに、ふと思いついたように口にした自分が不思議だった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加